負けず嫌いから生まれたマイノリティな処世術。

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私はママの人生を終わらせてしまったの?

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皆さん、こんにちは。矢萩あきです。

最近、普通の小学校はおろか支援学校にも通うことができない子がいると、新聞で知りました。

呼吸器を付けていて医療的ケアが必要なため自宅学習が相当、とされているそう。

支援学校でもスクールバスには看護師が乗っていないから呼吸器を付けている子は乗ることができずに、保護者が送り迎えをしなければならないそうです。

私も養護学校へは母に付き添ってもらって通いましたが、それは40年以上も前の話。

いまだにそんな制度になっていることを知ってガッカリ、というお話です。

養護学校は市外、バスで1時間以上を母が付き添ってくれた

6才になったら小学校へ行く、当たり前のことですよね。

私もちゃんと6才で学校に行き始めました。

と言っても学区内の小学校へではなく市外の養護学校の小学部で、養護学校スクールバスは市外まで来てくれません。

普通に走っている路線バスで通うしか方法はなく、1回乗り換えをして、1時間以上かかります。

当然1人で通えるはずもなく、母が付き添ってくれました。

母が仕事をしていたり誰かの介護をしていたりしたら絶対に無理で、私は寮に入るか、就学猶予・免除の制度を使うかをしなければならなかったわけです。

まだ就学猶予・免除があった、けれど両親は使わなかった

就学猶予・免除という制度は、昔の障害児に適用があった制度で、簡単に言うと、障害児は勉強しなくても良いよ、ということ。

養護学校が義務教育化された1978年に原則、なくなった制度ですが、私が6才の頃はまだあったことになります。

この制度を使わなかった両親、とくに毎日毎日、養護学校まで連れて行ってくれた母に、改めて感謝です。

新聞に載っていた子も保護者が送り迎えをすれば、支援学校に通うことができるそうです。

でも私のようにスクールバスがそもそも来てくれないわけでもないのに乗ることができない、だから学校に通えない、というのに、私は引っかかるものを感じます。

もちろん呼吸器は生命に直結する大切なものですから、なにかあったら、と慎重にならざるを得ないのは理解できます。

ただ慎重になっても、周りの大人たちは、きちんと前向きであっていて欲しいです。

だってその子は学校に行きたがっているのだから。

後ろ向きになる口実に、慎重になる、を使うのはズルいと思います。

「障害児産んだ、人生終わった」

数年前、「保育園落ちた、日本死ね」というツイートが大きな社会問題として取り上げられました。

その影響かどうかツイッターでその後、「障害児産んだ、人生終わった」と、つぶやいた人がいたそう。

親に無理な負担を強いることなく、障害児も望む教育が受けられる世の中に、早くなって欲しいです。

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